2011年04月26日

「裁く心」が真釣り外しを進める根源である。

法制とは、為政者が世界を支配するために創ったシステムであり、現代社会の裏の裏を操っている影の支配者、世の黒幕は法律など守っていない。現代社会の裏舞台、「一般人」には思いも及ばない世界では、着々と支配計画が進行している。「獣」の響きに囚われた者が創ったシステムで、「人」の天国を創り出すことはできない。実際は、法律で規制すればするほど無法地帯と化し、自由を制限するほど共食いが激しくなるのである。法律が必要になった大元を直さない限り、犯罪の撲滅という目標は果たされることはない。

本当の天国に「法律」は存在しない。神法違反の「犯罪」である魔釣り自体が存在し、その「犯罪者集団」の中で罪の裁き合い(神が裁いていないものを、人が裁くこと=神が許している行為を、人が禁じること)ができるのは、「神法違反の罪」そのものは、まだ裁かれていないということを意味している。簡単に言えば、神が許しているからこそ裁けるのである。言うなれば、罪人社会の中で、罪の擦り合いが公然と行われているのであり、形の上の被害者が加害者を抹殺して自由を得ようとしているのである。罪や悪の本当の意味を知らないから、自らが犯した罪を棚上げし、他人を裁かないことが非常識であるかの如く、他人の罪を責めることが当たり前の常識として闊歩している。

神法から見れば、全員が「罪びと」であり、他を裁く資格のあるものは誰もいない。今の世でも、法律違反を犯した者が他人を裁く資格がないのと同じことで、これは、神法にも適用される。神法を破った者がその罪を認めないとすれば、その者は永遠に自由にはならない。「裁く心」が真釣り外しを進める根源である。

有限の中で無限の略奪はできない。無限の中に有限を作り、その有の奪い合いをしているなら、必ず終わりが来る。言い換えれば、自分が自分を奪う時が必ず来るということである。違反を認めないならば、神法に違反した者は自らを消して神法違反を清算することになる。悪を裁けば裁くほど、自らで自らの首を締め続けることになり、最後は窒息して息き絶える。自らが違反を認めて清算しない限り、あなたが天国に戻ることはありえない。自らが違反を清算しないならば、国際貢献も、神の手伝いも、全く意味はなくなる。

まずは、あなたの神法違反を清算することが先である。それが同時に世のため人のためになっていくのである。世のため人のため神のために生きたいならば、足元を正すことである。神法は、生死時空を超えた自業自得の掟であるから、これが一体何を意味するのかは、わかるはずである。

神はすべてを産み出す。神の持つ響きが世の現実である。世の現実が神の持っている響きである。自=余=世=地。自らの現実はすべて自らが産み出したものである。自らの世界は自分そのものなのである。すべての現実を作り出す、その自分という神が嘘を持っていれば、幻の世界を実体だと思い込み、自ら進んで嘘の世界を進めた末に、嘘が存在できない世界が来れば、自らもろとも現実は消滅する。これを空想だと言うならば、それは、幻の世にしがみ付きたいがための詭弁であり、自由を自ら捨てることを意味する。すべては自業自得の仕組みであり、自らが自らの自由を放棄するのであるから、誰も助けてくれることはない。自らが自らの世界をどうするのか、生きるか滅ぶかは自分次第である。

大きな視点から見て「何の罪もない者」はいない。本当の「罪」(神法違反)は、自ら清算しない限り、時空を超えて積み続けることになる。自らが自覚して罪相応の苦労を堪えて清算しない限りは、罪は消えない。罪が消えなければ、天国はない。魔釣りの積を摘まなければ、自らの天国の花は咲かない。

「罪人」同士の裁き愛は、大きな視点から見れば、パンドラの箱の中での相対的力学による封印合戦であり、自らが自らを裁き続けて自殺をするゲームの中の生き残り競争である。最後は全員が自殺して、そのゲームは終わる。実は、その箱の中そのものが「刑務所」であり、その中でボス争いをしている、「猿山の権力闘争」でしかない。その猿山を見ている人間に当るのが、神であるが、その神の世界も、神の猿山で同じことをしている。そのすべての猿山の権力闘争を見ているのが、元つ大神である。真釣りに戻らない限り、猿山の権力闘争からは死んでも抜けられない。人類の先祖は猿だと言っているが、猿と人類の祖先が共通ならば、人類は猿である。戦っている人間は、外見は「人」であるが、中身は「獣」である。猿を祖先とする中つ神の世の「獣」は、元つ神の「人」の世には生きられない。

神法違反を許す仕組みは期間限定である。いつまでもできると思うなら、それは、自らの違反をそのままにして、幻の世界の快感に浸り続けたいがための幻想である。いつまでもそれを続けても構わないが、本当の命を自ら捨てる時が必ず来るという事実は動かない。

命そのものが自分であり、現実であり、世界そのものであり、神法違反の作り出すシステムでは、「天国」は絶対に実現しない。実現するというならば、まさに、「荒唐無稽」な「誇大妄想」、万古末代、永遠に実現することはあり得ない究極の幻想である。本当の「不老不死の命」を得たいのならば、本当の天国で、二度と枯れることのない永遠の生を生きたいというのならば、まずは今ここで一端立ち止まって、今の自分が何をしているのか心底考えてみることである。
posted by oct49 at 06:31| 京都 ☀| 法/宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

真釣りの世界には、不都合(悪、危険、苦)は何もない。

『自らの不都合は自らの神法違反のお知らせである』これは、善の側にも、悪の側にも適用される。自分にとっての悪に戦いを挑めば、自爆して自滅するのである。テロリストの側も、テロ撲滅軍に報復すれば同じことであり、最後は、喧嘩両成敗で幕を閉じる。ウイルスに戦いを挑めば、ウイルスは生き残って自らだけが消えることになる。そのウイルスを兵器に使った場合は、人間同士の戦いの結末の通りとなる。これは、原子力や、化学物質にも言えることである。自然(地震、噴火、洪水等々)に戦いを挑んでも同じことである。地震は自身の揺れの型示しであるから、地震(真釣り外した自身)から逃げることはできない。

本当の神の案内に従って歩けば、どんな地獄を見ようとも、必ず天国に着く。元の始めの天国を壊した魔釣りを壊せば、元の始めの真釣りが復活し、天国に戻る。元からある天国はあり続け、それを隠した霧である幻想を実体だと思っても、幻である霧は晴れて、元の天国が現れる。霧を実体だと思えば、霧と共にあなたも消える時が来る。

心に霧がある人間に天国は見えない。自らが持っている魔釣りの響き、分かつ知をやめ、アヤマ知を捨てると一旦は地獄に見える状況を経て、真釣りに戻る。真釣りに戻れば、形も直り、天国(自由、平和)が現実となる。

魔釣りという自らの神法違反を真釣りに戻せば、「悪の根源」を自ら消して、自らが天国にいることができる。あなたの心の中心にある究極の闇、その闇こそが本当の光なのである。

真釣りの世界には、不都合(悪、危険、苦)は何もない。
posted by oct49 at 07:08| 京都 ☁| 宗教/社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

あなたが持っている概念や言葉は、すべて作られたものである。

一つ大きな視点(真釣り)から見れば、魔釣りの世の法則(常識、道徳)は自らに返ることになる。

魔釣りの言う悪は悪ではない。自らの外に見える悪は、真釣りの世から見た自らのことである。真釣りには善悪はなく、魔釣りの言う悪は、実体のある悪ではない。言うなれば、真釣りという絶対善が許した絶対悪の中に善悪のハタラキがあるだけである。悪の裁きあいは、真釣りという神法に違反した者を魔釣りの響きを作って真釣りに戻す仕組みの中で通用する仕組みに過ぎない。

真釣りしかない世で真釣りで生きれば、何の不都合もない。真釣りに違反すれば、不都合が現れるようにしてあるから、不都合があるなら、それは、自らの真釣り外しの現れである。自らが『何も悪いことはしていない』ならば、自分以外の誰かが自分を不都合にしたことになるから、その誰かを悪と呼ぶことになる。

「善」「悪」、というのは、作られた思想であり、善(悪)という言葉も概念も元々は存在しない。

悪とは何なのか。善とは何なのか。あなたが持っている概念や言葉は、すべて作られたものである。悪はどこにもない。真釣りの世には苦はない。あなたに苦や不都合があるならば、無いものを持っているならば、それは、あなたが真釣りに違反した証そのものである。

あなたがそれを認めないならば、真釣り外して自分だけが滅ぶのみである。
posted by oct49 at 06:24| 京都 ☀| 法/宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

神話を超えた遠い大昔から続いて来た、幻の人類が終焉を迎える。

法律が定めることが善(正)であるならば、法律違反は悪(誤)となる。『善悪がある』ことが真理であると言うならば、「裁くこと」自体の善悪は議論されることはない。なぜならば、「裁くこと」がおかしいと言ってしまったら、この世は悪だらけになってしまうからである。あなたは、今まで、苦の正体を知らず、自らの人生のカラクリを知らず、あなたの快欲を維持するために都合がよい『苦があるのは当たり前だ』という教に騙されて、自らに訪れる苦の響きから逃れたい一心で何か(誰か)を裁き続けてきたのである。

苦があるのが当たり前で、その苦は誰かが自分にもたらしたものだという幻想に囚われていれば、あなたは自らの苦の責任を誰かに転嫁し続けることになる。社会をよくしようとする行動すらも、社会にある「悲惨な」状況や「不都合な」状況から逃れたいがために、自らのしていることを棚に上げて、皆と一緒になって、いい加減な理屈の善を行じた茶番劇である。社会を良くしようとし続けたはずなのに、なぜ社会が乱れていくのか。嘘は明らかである。

なぜ天国ができないのか。なぜ、悪がなくならないのか。「善悪のある世界」があり続ける限り、天国は実現せず、悪はなくならない。「善悪がある世界」が実体ならば、天国も悪の撲滅も永遠に実現しない夢である。「善悪がある世界」で、善悪がなくなることは絶対にない。もし、「善悪がある世界」が幻想ならば、天国も悪も、必ず消える時が来る。

「善悪がある」という思想に基づいて現代社会が作られているならば、「善悪がない世界」から見れば、幻想の作り出す空想物語りの中の社会となる。裁判や制裁では、永遠に天国はできない。それどころか、永遠の滅びを進めるだけである。形に現れた、自らに不都合な人物や行為を抹殺したとしても、自らの天国が実現することは末代ない。

今のあなたが持っている「すべて」の価値観(観念)を本当のゼロに戻して、自らの生き様を今すぐに根本から直さないならば、あなたは、嘘の幻の教を信じたまま、永遠に滅びることになる。永遠の滅びというのは、魂(あなたの実体)の永遠の死を意味するから、あなたはもう二度と永遠に、この世どころか、どこにも産まれることができなくなってしまうのである。

神話を超えた遠い大昔から続いて来た、幻の人類が終焉を迎える。その歴史は、真釣り外した集団が作った、本来どこにもないマヤカシの歴史である。神々も含めた幻想の世界が永遠に終わる時が間もなくやってくる。そして、今までのすべての行いの清算を終えた者だけが、本当の天国で本当の自由と平和を永遠に謳歌することになる。
posted by oct49 at 09:41| 京都 ☔| 政治/宗教/法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月22日

あなたが鼻をつまむ汚物は、自分自身である。

現代社会にあるすべての問題の根源は、自分自身の響きである。全員が魔釣りを真実と錯覚していれば、アヤマ知が常識となり、それを破壊する真釣りの真コトを避け続ける。すべては逆さまであるから、まずは、自らが産んだウン子とオシッ子の処理をすべきである。あなたが鼻をつまむ汚物は、自分自身である。自らが垂れ流した糞尿(不都合、苦)に、自らがまみれることを避けないことである。自ら産んだ苦を引き取ることである。その覚悟が出来て、初めて真釣り戻しが出来る。「何の罪もない者」や「何の落ち度もない者」は一人もいない。まずは、この事実を身に止めて(認めて)、嘘を奇麗サッパリ掃除して心を入れ替えることである。アヤマ知を捨てて、素直に真コトの言う通りにすることである。
posted by oct49 at 06:54| 京都 | 宗教/教育/社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

あなたがどちらをとろうとも、真釣り戻しの大祓いは動かない。

元つ真コトの真釣りは三千世界の神法であり、神々様でも逃げるところは無い。あなたが真コト真釣りをしているならば、すでにミロクにいるから、どうなるかを心配することはありえず、この本の語る世界は、それこそ空想の死夢話の物語となる。あなたが今、一瞬でも恐れや怒りを感じるならば、あなたは金が支える偽のミロク(666)の虜になっている。

あなたにとってこの本は、真釣り戻すためのガイドであると同時に、恐ろしい悪魔の書にもなりえる。どちらを選ぶかは、あなた次第であるが、ここに書かれていることをすべて認めない限りは、あなたに本当の天国はなく、修羅の地獄のそのまた地獄の艱難辛苦が待っている。あなたの真釣り外しで元つ大神にさせた苦労の万分の一のご苦労に耐えられないならば、あなたは神に戻ることは出来ない。

世界の父親が元つ真釣りを忘れて、アヤマ知にどっぷりと漬かり、神気息もできないほどに御神体を汚し、魔釣りの獣の世界で国力を誇っている。ヒノモトを守護する神々も、自ら快欲に囚われ、魔釣りに囚われ、天孫を語る魔釣りの神々にヒノモトを譲り渡し、偽の神道(侵闘)を広めた大大罪は、どんなに詫びても許されないことである。真コトがわかったなら、今ここから、世界の父親としての勤めをキッチリ果たすことが、元つ真釣りの大神へのお詫びであり、元つ真釣りを外した責任をとることになる。今ここで真釣りに戻らない者は、三歳苦難の魔釣りの立て替えの仕組みで大掃除されるから覚悟しておくことである。

あなたがどちらをとろうとも、真釣り戻しの大祓いは動かない。アヤマ知を持ち出してツベコベ言うのは勝手だが、あなたが真釣りを戻して天命を果たさない限り、あなたにだけはミロクはないことは肝に銘じておくことである。

真釣りの真コトを現すという自らの天命を捨てて、どうあっても魔釣りの快欲の世界の極楽トンボで居続けるというならば、真のヒトになる生き方は遠い幻となり、新しい時代を生きる人間には成れず、本当の21世紀(二十一=三位一体の世、二十歳=成人=誠神の世の1世紀)の人生を遊ぶことなど遠い夢のまた夢となる。人生というゲームの新しい遊び方(元の神代の人生)は、元つ真コトの神響きに戻ればわかることである。世歴2000年という年号にこだわっているならば、あなたのミロクは開かず、本当のミロクが開いた時には、あなたは666の魔釣りの響きと共に、万古末代永遠に成敗される身魂となる。

滅びに結ぶ逆さまの体主心従霊属の知恵の蛇の神の魔釣りの末である現代社会にどっぷりと漬かっている今の日本と日本人が、どんな運命を辿るのかは火を見るより明らかである。万古末代一度こっきりのミロクに結ぶ経綸の総仕上げ、元つ真釣りの神々が総出で真釣りに戻す、生死時空を超えた三千世界の大祓い、真釣り戻しの天命を果たしてミロクに生き戻るか、魔釣りのまま果て散るか、ここでマ違えば後はない、二つに一つの踏み絵である。自らがどちらを選ぶのか、今ここではっきりと決めて、その道を歩んで欲しい。
posted by oct49 at 15:54| 京都 ☁| 政治/宗教/法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

親が改心しなければ、子を正しく導くことはできない。

親が改心しなければ、子を正しく導くことはできない。親が子を甘やかせば、子は好き勝手をして世を乱す親となって、その子も、そのまた子も、同じ事をやり続ける。歴史が進むほど益々混迷しているのは人類の歴史を見れば誰でもわかる。親と子、教師と生徒、教祖と信者、日本と世界、神と人、すべてが同じ仕組みであり、なぜ世が乱れているのか、なぜ問題が解決しないのか、その理由はもはや明白である。

真中がすべての世界を統べる基であり、真中に蛇が座しているか、竜が座しているか、で世界のマ釣りが決まる。それが、真コトの事実、世界を創る元つ仕組みだったのである。『世界の真中、真コトの親である日本が本当の神の真コトを思い出し、国民一人一人が真釣りに戻らねば、日本の真の再生はなく、日本が真コトの再生をしなければ、世界は滅ぶ』のが今の世界の運命である。

これは、あなたの現実にも言えることであり、あなたの真中に蛇が座していれば、あなたが天国を目指して善行を積んでいる積もりでも、それは、逆さまである。蛇の世が滅ぶならば、蛇を真中に持っているあなたも滅ぶ。あなたが神を産んだのでも、社会を創ったのでもない。神があなたを産んだのである。

あなたが無からすべてを産めないならば、あなたは生かされているのであり、蛇に生かされている限り、あなたの命は永遠に消え去る。元つ仕組みを外せば元つ天国はなく、中つ世で何を企もうと、どう誤魔化そうと、絶対に天国にはならない。真中が穢れで曇れば、元つ仕組み通りに、世界は苦持って、末は滅ぶのである。

真釣り外した神々は、どう足掻いても元つ大神には勝てない。その神を源流とする、日本を含めた現代社会は、真釣り外れて滅ぶ運命のマヤカシの蛇の世界なのである。
posted by oct49 at 09:49| 京都 🌁| 教育/宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

ヒノモトの真釣りというのは神幽現、三千世界を貫く万世一如の真コトである。

真釣りを外すことを「岩戸閉め」と言う。細かい岩戸閉めは数知れない。今でいう神武東征は、真釣り外した歴史の上での物語である。神武天皇が、歴史年表で「?」になっているのは改ざんされた古紀の上での話である。正真真神である神武天皇の正体を知らせることは、天津神にとっては都合が悪いことになるが、天津神はアヤマ知に囚われているから、その正体は知らない。だからこそ、皇室の祖として居座れるのである。真釣りの真コトを知らない天つ神から始まる今の日本の神話は嘘の歴史である。神武即位の岩戸閉めの後、仏教の伝来を持って、大きな岩戸がすべて閉められた。それからは、汚泥混濁の暗闇の乱れ放題好き放題の世界、ヒノモトと外国が逆さまとなった歴史が繰り広げられていくことになる。天皇自身が仏門に帰依し、武士の世となり、西洋文明の機械の世となり、金の世となり、たどり着いた世界が、日本が米国を親にしている現代社会である。岩戸を閉め続けた末の今の「日本国」は、九分九厘の岩戸が閉められた、神が消えた世界となっている。日本に残る一厘の真コトと大神が共鳴した時、日本に何が起きるか、考えてみるとよい。

今度の大掃除では、すべての岩戸が開けられる。今のヒノモトで岩戸がすべて開けられたらどんな事態になるのか、考えてみて欲しい。ナギナミの世から今の今まですべてが逆さまなのである。嘘の神の歴史すら、ただの神話として封印した現代社会は、神から人まで、魔釣りの神の牛耳る国となっているのである。皇室は万世一系ではない。それは人皇の世での血統の話であって、現代社会は、日本の真コトの姿からは程遠い世となっている。ヒノモトの真釣りというのは神幽現、三千世界を貫く万世一如の真コトである。今の神話で言う「アマテラス」「スサノオ」はイザナギ一柱で産んだ中つ世の神であり、片ハタラキの神であり、真神ではない。正神真神とは、火水を正しく組み組んだ真コトのハタラキをなさる神々のことである。元つ世の大神が「神真釣り」で産み成された、情けと花の経綸を直接進め参らせる御役の天の「アマテラスオオカミ」、地の「カムスサナルノオオカミ」と違うのが道理である。中つ神と元つ神をごっちゃにしていることが、天地を混ぜこぜにして、天は一つと思い込んでいる、魔釣りに囚われた今の人民の型示しである。岩戸が開けば、自らの響きがそのまま自らに返ることになるから、大神の大掃除が始まれば、天地混ぜこぜの阿鼻叫喚の修羅の地獄の現実を体験することになる。表面上は、慈悲や平等や思いやり云々を語る、「美しい」「便利」な世に見える現代社会が、実際には、嘘と誤魔化しと策謀が渦巻く神々の世界の映しであるとしたら、魔釣りの日本国の運命はどうなるのか。神を消した人民が、天国など作れるはずはない。真釣り外した人民に神の世を任せた(公共事業を民間に委託した)結果が、現代社会であり、それこそ、空想物語りの極致である。
posted by oct49 at 10:23| 京都 | 宗教/科学/社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

魔釣りの世で言う天国は、未来にあるのではなく、過去にある。

人類が目指している天国は、真釣りを外す前の真釣りの天国の響きである。自らが真釣りを外していることに気づかなければ、今のまま天国を目指しても、最後は魔釣りの滅びに行き着く。魔釣りの世で言う天国は、未来にあるのではなく、過去にあるのである。正確に言えば、始めも終わりもない天国を、魔釣りの響きが作り出す時間と空間と言う分裂した響きが未来にあるように見せているのである。実際には、過去も未来もなく、天国も滅びもない。魔釣りの思考を綺麗サッパリ消し去ることが、魔釣りの天国を捨てることが、本当の天国を体験する唯一の術である。魔釣りの響きの作り出す天国は幻想だったのである。
posted by oct49 at 16:49| 京都 | 宗教/科学/社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

現代日本のすべてのすべての崩壊の原因はただの一つである。

自らで目隠しをしていることにも気がつかない、痴呆の視覚障害者の父親を演じている限り、本当の家庭の平和は永遠の夢と消えてしまう。世界の本当の命運、永遠の存亡がかかっている重大な時節に、今の日本の態度たるや、何たるだらしなさ。国内の乱れの原因すらわからず、制裁、処分、裁判という子供が考えたやり方で解決することしかできない親神の国。世界の立て直しの最後のカードは、親国の親神が草薙の剣を渡し、直々に改心させる、真コト顕現の荒治療である。親の自覚なき親は、それなりの試練が待っていることをここではっきりとハラに据えて、本当の神の大掃除に備えることである。

親が改心しなければ、子は何も知らないまま滅ぶことになる。自ら呼び込んだ蛇の響きで乱した真コトを復活することは並大抵の試練では済まない。日本はもう潰れたと思われるほどに酷い有様になることを覚悟しておくことである。真コト無き所には、真コトの神は降りないのである。真コトの神のご神体に真コトの神が降臨した時が、本当の世界の立て直しが始まる時である。

外国は、真コトを知らない知恵の蛇の神の末裔であるから、自らは正しいと思ってやっている。父親が仕事をサボれば、母親は子供に甘くなって、『いいよいいよ』で秩序を乱し、家族それぞれが好き放題に振舞えば、家庭は必ず崩壊する。現代日本の家庭崩壊は型示しである。現代日本の家族や親子の問題、中央と地方のイサカイの真因、学校の、食の、政治の、経済の、社会の、心の、すべてのすべての崩壊の原因はただの一つである。

世界を統べる仕組みの大元は日本にある。元つ真釣りのミロクに戻す経綸の最後の仕上げは、親国であるヒノモトから始まる。文句は自らを滅びへ誘う言霊。すべてのすべてが鏡であり、自己決定、自己責任、自己判決である。この本は、真父がガツンとやって教えなければ働こうとしない本当にだらしない「父親」に向けた、本当の国祖が語る真話のコピーである。
posted by oct49 at 10:31| 京都 | 宗教/社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プロフィール
名前:長谷章宏
職業:トータルライフコンサルタント
ウェブサイトURL:http://tlchaoffice.blog85.fc2.com/