2011年04月30日

神と神の対立を収拾しない限り、問題は何も解決しない。

現代文明は、西洋文明がその源であり、その西洋文明の基にあるのが、キリスト教である。キリスト教は、ユダヤ教が基にあり、ユダヤ教はヤハウェ(エホバ)をその最高神とする。イスラムの最高神は、唯一絶対神のアッラーである。この三宗教は、アブラハムを共通の祖先とする兄弟宗教であり、その聖地は、すべてエルサレムにある。嘆きの壁、岩のドーム、聖墳墓教会がそれであり、キリスト教はイエスという取り次ぎの語る言葉を通しての天の父と精霊と子の三位一体信仰であるが、ユダヤ教とイスラムは、唯一神を信奉する宗教である。一神教とは、自らの神を絶対とし、自らの神以外は認めない、という思想であるから、形の上では「共存」することはできるが、それぞれの神が「絶対神」である限り、神を一つにすることはできない。自らの神を認めさせたいが、相手の神は認められないという矛盾を解消したら、一神教は成立たなくなる。

一神教同士が対立し、「相容れない」三つの宗教が一つの場所を聖地としている世界では、どんな手立てをもってしても、人間の世界で平和を実現することはできない。エルサレムの聖地主権争いは、世界の縮図でもある。一神教同士が和解しない限り、世界は一つになることはないが、実際のところ、それは、できない相談である。一神教同士が、自らの絶対神を産んだ本当の絶対神、すべての一神教の神を産んだ親神、一神教の源の唯一神を認めなければ、一神教の対立は解消しない。宗教的対立をそのままにして、人間同士が話し合いをしても、自らの主張を譲らないから、議論は物別れに終わり、戦争という実力行使をしても、永遠に報復が続くだけである。

議論も戦争も、その顕現の源は同じであり、言葉を使うか、軍事兵器を使うかの違いに過ぎない。言論殺人をするか、肉体殺人をするか、の違いであり、それは、どちらも同じ動機に基づいた行動である。一神教の信奉者は、その絶対神と同じ思想を持つ。自らを絶対だと思い込んでいるなら、それは、一神教の信者の証である。お互いに自分が世界で一番になりたい蛇同士の睨み合いの世界は、結局は、共食いを経て、刺し違いで戦いは終わる。一神教同士の戦が終わった後に残った世界(本当の天国)こそ、本当の一神教の世界である。

一神教では、すべては、神の命ずる通りの行動をすることが善であり、神の思想に従った文化を形成していく。八百万の神々の日本は、一神教の思想の理解は難しいと言われるが、戦前の天皇主権の下で実行された「神風特攻隊」の精神は、皇国のために命を捨てる精神の極致であり、現在の自爆テロの思想そのものである。太平洋戦争の際、全滅を玉砕と言ったが、それは、玉(魂)を砕く、と言う意味である。神道や天皇を軍事政権と軍部が利用したことは事実であるが、精神論で国がまとまるのは、日本人の根底に神がいるからである。科学と経済一辺倒の思考が加速したのは、戦後教育がもたらした結果であり、魔釣りの世界だとはいえ、戦前は、まだ「神を敬う心」「宗教心」が残っていたのである。現在ならば、神ではなく、金で誘導すれば、国民は簡単に右から左に動くことになる。神の力よりも、金の魔力に惹きつけられてしまうのが、現代社会の日本人である。

神道は、八百万、つまり、万象万物に神を見るが、その万象万物の産みの親神を信奉する一神教である。

イスラエルとパレスチナの報復合戦の正体は、ユダヤとイスラムの神の聖戦である。そして、イラク戦争は、キリスト(十字軍)とイスラムの聖戦である。現代社会にある、その他の解決されない国際社会のルーツはすべて神の争いに行き着く。神から始まった世界の根底には、神が居続けるのが当然である。民主主義のリーダーである米国の大統領は、就任式で聖書に手を置いて宣誓し、演説の最後には必ず、『アメリカに神の祝福を』と言う。神と人、神の世と人の世は、一体不可分である。国教を封印した現代日本は、民主主義を形だけ輸入し、政治に宗教を絡めるのをタブーとし、公立学校では宗教そのものには触れない。日常から神を追い出した現代の日本の大部分の国民は、神を中心に生活する国の文化を理解することはできない。知識として教えることはできるが、神と一体化した生活の実感そのものは教えることはできない。

現代日本は、国際問題を人間の世界の話だと思っている。しかし、人と人、国と国の源は、神と神の争いであり、すべての対立の根底には、宗教があるのである。もし、神話が本当にただの物語であり、神などいないとすれば、人が自らで自らを産んだことになってしまう。神の存在は認めても、それが日常に影響を及ぼさない知識の範疇を出ないならば、現代社会の正体を知ることは難しい。神同士の争いが根底に存在する国際紛争を人間同士で解決することは出来ない。元々は、人間の思想自体が神の思想であり、神と神の対立を収拾しない限り、問題は何も解決しない。

『人間の思想は神の思想である』ということ自体を認めないのが現代の日本人の思想であり、神(宗教)の本当の力、本当の恐ろしさを最もわからないのが、神を消した神の国である。
posted by oct49 at 09:19| 京都 ☁| 政治/宗教/法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プロフィール
名前:長谷章宏
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