2011年03月24日

封印されたものは、いつか封印を解かれる時がくる。

近代以降の日本の制度は、すべて外国の輸入であり、形だけは真似をするが、中心の柱はなく、中身も伴っていない。右派と中道と左派が離合集散を繰り返し、思想的に見れば、支離滅裂の政治家集団が日本国を運営している。王室にあたる支えもなく、大統領も存在せず、政党と利権集団に左右される首相が率いる何とも頼りない国なのである。一説によれば、日本国の国家元首は英国女王であり、大統領は米国大統領、そして、日本国は米国日本州である。世界には、豪州のように、他国(元の宗主国である英国)の女王を国家元首にしている国もある。政権奪取しか頭になく、政治理念や国家像は国民(=票=政治生命の基)の顔色や「国際社会」という世間体を見てコロコロ変え、左も右も大差なく、勢力を拡大できるとなれば、自らの金ズル集団に都合がよい思想に鞍替えすることも躊躇せず、矛盾を指摘されれば、ノラリクラリとはぐらかす政治家。方や国民は、自らの快楽の追及に忙しく、学校という科学教の教会は文部科学省なる総本山に管理され、政治や国際問題といった「難しい」分からない研究は学者にまかせ、現世利益欲しさに神や仏を拝み、先祖供養なる「祟りを避けるための偽の感謝儀式」はするが、本物の宗教的な柱はなく、自らの欲望を満たす信仰を宗教と勘違いしている。不平不満は言うが自らで考えることはせず、責任は取らない。自ら責任を取らず『誰かに言われたからやる(世間の流れ、時代の流れ、国際社会の常識だから、日本だけ勝手はできない)』という詭弁を労して失敗を担保するしたたかさ。その世間や国際社会が本当に自由や平和や天国に向かっているのなら別によいのだが、もし、その逆だとしたら、「外圧」がなければ動かない政府が率いる日本国の未来にいったい何が待っているのか。今、世界で起きている出来事は、現代社会がどんな世界に向かっていることを示しているのかを、曇ったマナコを見開いてしっかりと見て欲しい。

国際社会に参画したいならば、経済や福祉や英語やIT技術云々の形だけではなく、構成国の精神的支柱、文化の思想的背景、国民の思想的行動特性を知らなければ、真の外交、交流はできない。結局は、思想、宗教の統制が国家運営の基本であり、世界を支配する勢力からみれば、科学と経済一辺倒の日本は、金を出させるには都合がよい銀行としての価値しかなく、霊的去勢された、何の危険性もない国である。治安維持法や公安警察、CIAの世界すら表の世界であって、公安警察の裏の裏の世界も存在する。日本文化が見直されていると言っても、それは、西洋でも東洋でもない不思議な魅力に惹きつけられた異国趣味の域を出ず、武士道も、結局は、戦いの世界の礼儀作法である。大和魂と言っても、それは、キリスト精神であり、仏教精神であり、儒教精神である。日本は、太古の昔から、外国精神を輸入して都合よく混ぜ合わせてきた。今の日本の精神は、輸入精神の混合であって、神国日本を語ってはいても、本当の日本精神を体現している日本人はいないに等しい。

世界は神がその精神の基盤にあり、日本ほど神をないがしろにしている国はない。人類の歴史は、結局は、宗教戦争の繰り返しである。科学と宗教が別物だと思い込み、自国の宗教の実体もわからず、世界の宗教に疎く、自ら考えることができず、今現在の収支決算に右往左往し、経済や福祉や反戦に命を賭け、ありとあらゆる快楽を追い求め続ける現代社会の日本人。安全神話が崩壊したとは言え、現代日本は、民主主義の自由な国、豊かな国、平和な国だと思われている。しかし、それは、表向きのことであって、その実態は、宗教戦争に敗北した神なき神の国である。イスラムとキリスト教の戦いのその裏に、もっと恐ろしい計画が着々と進行している。真釣りの真コトを思い出さない限り、日本も世界も共倒れである。戦後教育によって完全に霊的去勢されてしまった「一般庶民」の思いも至らないところで、神仏の世界や生死、時空を超えた、どえらい仕組みが動いているのである。

すべては『○○する恐れがある』段階で封印する手だてが取られる。それが冤罪であったとしても、である。形になったら、対応できないからである。自らの死の恐れが、攻撃の意思の無い者を破壊者にでっち上げる。被害者意識、恐怖の魂、自らの恐れが自らを戦いに引き釣り込む原因である。恐れは疑いを生み、疑いは敵を生む。自らが自らの平和を壊す破壊者である。自らが自らの加害者である。真釣りの「思想」は、今の日本政府も、その政府に抵抗する勢力も、すべて「無」に帰す響きを持っている。封印されたものは、いつか封印を解かれる時がくる。日本国憲法とその下の法令を遵守しようとする限りにおいては、日本国の現状は益々「望まない世界=破滅」へと進んでいく。日本国憲法の根底にある理念そのものが、神を消し、真コトを封じる勢力によって作られたものだからである。

今の「日本国」は、民主主義という思想、議会民主(議院内閣)制という政治制度と市場経済を基盤として成立している。科学思想が教育の根底にある理念であり、科学技術と金融経済が日本国を存立させる土台である。そして、その絶対法規が日本国憲法である。歴史を逆戻りさせるような宗教的国家運営を唱える勢力や軍事クーデターを企む勢力を封印し、天皇を象徴に落とし、国教を無宗教に変え、金と科学で国づくりを進めた、その結果が、今である。平成に入ってからの日本の状況、出来事、世界の動きが何を意味しているのか、正直に見てみることである。この先も、同じやり方で進むなら、もう日本国に未来はない。

今の日本国においては、宗教を個人的に崇拝する分には自由だが、悪魔思想を実行しようとすれば、それは危険思想として国家機関総動員で封印にかかる。獣は人を恐れる。悪魔は神を恐れる。どちらが「国を破滅に導く悪魔思想」なのかを正直に見てみることである。宗教や思想、哲学を表現する自由は一応認められてはいる。しかし、人類の歴史の常として、国家運営や一般社会に大きな影響を与えるようになれば、公安の監視対象となり、いよいよとなれば弾圧される。今の世にある思想ですらそうであるから、真釣りの「思想」は、それは、当然のことながら、魔釣りのアヤマ知で作った国家では、認めることはできない。国家の崩壊を扇動する思想のように見えるからである。それは、今の日本国の根本理念とこの本で語っている理念とが真逆だからであり、著者から見れば、今の日本国家が国家の破壊に進んでいるように見えるのである。史実として大本教の弾圧という実例がある。
posted by oct49 at 12:36| 京都 ☁| 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プロフィール
名前:長谷章宏
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